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おかねはてんかをまわるかんね

 

ボンジュー、PICAです。

 

率直に言いまして、おかねもちになりたいです。

 

 

 

しばらく実践していることがありまして。

ゆる〜いお金持ちの本田晃一さんがオススメされていたことですが、

「お金を使うときにその先を考えてごらん」って。

 

 

 

やってみました。

 

 

スーパーで食料品を買った時には、帰り道でレジのおばちゃんのことを。

私が支払ったわずかなお金は、めぐりめぐっておばちゃんのお給料になって、

おばちゃんはご家族に美味しいご飯を作ってあげるかもしれない。

おばちゃんに子どもがいたら、子どもはお腹いっぱいになって安心して遊べるかもしれない。

 

そのスーパーが繁盛したら、仕事がなくて困ってる人の受け口が広がるかもしれない。

 

 

 

画材屋さんで絵の具を買った時には、帰り道でレジのおねえさんのことを。

私が支払ったわずかなお金は、めぐりめぐっておねえさんのお給料になって、

おねえさんは好きな服を買ったり、遊びに出かけたりできるかもしれない。

もしかして絵を描くのかも?

 

 

その画材屋さんが繁盛したら、他では手に入らない画材を仕入れてくれたり、またそれをスーパー割引価格で販売してくれるかもしれない。

そうしたら私みたいな、ピヨピヨしたアーティストたちも喜ぶし、素敵な作品が世に出てくるかもしれない。

またそれを見たアーティストの卵が、ピヨピヨとかコケコッコーになるかもしれない。

 

っていう風にね。

 

 

 

そうするとね、

 

 

最終的には笑顔しか浮かばなかった。

 

 

それでそれで、

 

 

その笑顔を想像する自分も、すご〜く嬉しかったんだよね!

歩きながらにやけてたと思う。

 

 

 

妄想かつ自己満足ですけど、でもお金って回ってるんだなってことが、

腑に落ちた瞬間。

 

これって経済の基本ですか?

私そのへん、とっても疎かったのです…。いや一応、頭では知っていましたヨ!

 

 

でも聞いたことがある。「経済学」の発祥は、みんなが幸せになるためだったって。

 

本田晃一さんのお師匠さん、竹田和平さんも、

「お金は愛の光」と表現されていて、なにしろ投資のスケールが違いすぎるのだ。

 

 

そして、本田晃一さんも竹田和平さんも、めっちゃ笑顔なのだ。

見ていて幸せになる。

 

 

そう思うと、お金どんどん回したいなと思う。

でも決してお金だけのやりとりではなく、お金を通して人と人が繋がっていくようなことに使われたらいいなと。

 

だからおかねもちになりたいって思う。

今までも思っていたけど、たぶんやましいことがあるから公然とおかねもちになりたいなんて、言えなかった。

 

 

自分の生活なり将来の不安をなくす存在としてしか扱ってなかったんだ。

自分のことしか考えられていなかったというのもある。なにしろ精一杯すぎて。

お金は人を狂わすと聞かされてきたし、どす黒いお金持ちの人ばかり目に入った。

 

 

 

 

でもお金があれば、もっといろんなことできる、そっちに視点が切り替わった。

自分の人間としての幅を広げられるいろいろ。

 

 

自分たちのためならどんなことでもできてしまうお金持ちもいれば、

竹田和平さんのようなみんなに幸せをふりまいて愛されるお金持ちもいる。

お金は中立だ。だからこそ、それをどう扱うかが問われる。イコール、どういう人間でどういう人生にしたいかということに繋がる。

 

 

 

今なんだかんだで必要なお金って、面白いくらいトントンで入ってきてる。

トントンで入ってきて、ほかのことへトントンででていく。

だから私の場合、残らないんですけど、

でも好きなことできて幸せを感じている。

 

 

 

私の人間としての器やアートに深みがでてきたら、

私に入ってくるお金も、自然と増えていくのかなと思う。

 

 

「もっとやっちゃいなよ」って。

なんかよくわからないけど、どっかから。

 

 

「あんた見てると楽しいからもっとやってみせてよ」って。

なんかよくわからないけど、どっかからさ!

 

 

つまり必要とされるというか、人に価値を提供できるということだ。

うん、目指すべきはそこ!

 

 

うふふ

 

 

 

PICA