今週のPICArt -煙に巻かれた感情-

 

ボンジュー、PICAです。

 

煙に巻かれているような、実感のない日々を過ごしています。

 

 

 

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「a little gray_170326」

 

 

 

今週はとてもたくさんのことがあって、目まぐるしい感情に対して

時間はとても穏やかに静かに過ぎていきました。

 

 

いまもまだ夢の中にいるようで、だれかと言葉をかわすたびに自分がいまどこにいるのかを、確認しているかのようです。

 

 

 

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「spring rain_170321」

 

雨音で目がさめるような、とても幸せな朝。

 

 

 

 

 

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「a fish_170324」

 

 

水槽の音とマスターがお湯を沸かす音しかしないようなとても静かな喫茶店で、

水槽の魚を眺めていました。

 

 

隅の方でじっとして動かない魚がいて、

なんでだろう、この魚は何を見ているのかな、と考えていたら、

翌日に上のような絵がでてきて、

 

 

どこかで見覚えがあると思ったら、その魚を思い出しました。

 

 

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「a fish_170324」

 

 

 

自分の本当の願いに気づいた途端、現実は急速に姿を変えて

それまで見ていた現実を、存在していなかったかのように煙に巻いてしまいます。

 

それはもう、残酷なまでに。

 

 

 

誰にとって、残酷?

 

 

それは主に、過去の自分自身にとってなのかな。

 

 

過去の自分は感情を消し去ることができず元の軌道をしばらく動き続けて

新しい自分と合流するまでにすこし時間がある。

 

 

でも二人は時間の軸でつながっているから、思い描いた現実にやがてたどり着ける。

その時の感情を二人のものとして。

 

 

 

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「pink&blue_170326」

 

 

 

私はいまとても自由で幸せだ。そしてとても驚いています。

 

 

 

 

PICA

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今週のPICArt -境界-

 

ボンジュー、PICAです。

 

桜の開花を楽しみにしている反面、

楽しみにする時期ができるだけ長くあってほしいと感じています。

 

 

年度末ということで教室の仕事では一年間の集大成に追われ、個人的なところでもズシンとくる出来事があり、なかなかに充実した一週間でありました。

 

 

アートはというと、描いてはいるけれど惰性に感じてしまったり、

あふれる情熱で描き始めても、描き終わるころにはもう過去のものになっていることを感じたり。

 

なにを描いてもしっくりこない時間が長かったです。

 

 

それでも、そのときどきで自分のすべてを注ぎ込めるように臨めば、

なにかしらのものは生まれてくるのだということが分かりました。

 

むしろそういう時にこそ、余分なものが削ぎ落とされてよいのかもしれません。

 

 

 

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『flowing_170316』

 

 

 

大きなサイズに挑戦したくて、ようやくできました。

これから気候もよくなるし、ベランダに出て思いっきり絵の具を振りまいて、大きな絵を描きたいです。

 

 

 

 

 

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『twinkle-twinkle,croak-croak』

 

 

ここのところずっと自分のアートについて分からなくなっていましたが、この絵が出てきてくれたことで私自身がとてもハッピーになって一件落着してしまいました。

 

 

アートは直接的に生活の役に立つものではないし、たまに「私は何のために存在しているのだろう?」と迷ってしまうことがあります。何かの、誰かの役に立てているのだろうか?と。

 

 

いしいしんじさんの小説で、アーティストや社会のはみだし者たちが”生ゴミとして回収されていく”というブラックユーモアな描写がありましたが、冗談ではなくそのように感じてしまう時があります。

 

 

 

それだけアートという分野は特殊であるし、単純であるし、

だからこそたぶん、社会で主流の価値基準に少しでも乗せようとすると負けてしまう。存在自体が迷宮入りになってしまうのだなと。

 

 

それならばいっそ、独自の価値基準でとことんやっていくしかないのだという思いに至り、それでこそアートはアートとして価値を発揮できるのであり、

 

そのように自分自身をまっとうすることを通じて、人に喜ばれる存在になりたいという思いで上の絵を描きました。

 

"I always want to find fun&joy at any time anywhere."

 

いつでもどこでも、らんらんとして転がっていたいです。

自分を形作るための建設的な境界線です。

 

 

 

 

 

 

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『faces_170316』

 

 

こちらは以前描いたもののリサイズで、かつ「境界線」というテーマを付け加えたものです。

 

 

以前のものはこれ。

 

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私の絵は輪郭をはっきりさせて「境界線」を作らないと落ち着きません。

 

 

私自身がとても他者からの干渉を受けやすいので、意識飽和状態にならないようにと自分を囲い込んでいるところが現れているのかもしれませんが。

 

 

意識が混ざり合う状態も楽しそうだけれど、まだしばらくは分離されている状態を楽しみたい。そういう「境界」として人の顔を描くことに興味をもっているのかもしれない。

 

 

 

迷いながらも描いた絵は、その時はしっくりくるものではありませんでしたが、

展示をして自分の考えや表現について話をさせてもらい、それを聴いてくれる人・反応してくれる人・共感してくれる人がいた時に、はじめてアートが「存在した」というような、しっくりくる感覚がありました。

 

 

知り合ったばかりだけれどその世界観に敬服してしまう写真家さんが、

(なにしろ感覚が振り切れていて、どことも定義できない空間や越境した意識を捉えるかのような作品を作られる方なのです)

あなたの絵がすきですと言って絵を買ってくださったのも、とても嬉しいできごとでした。

 

 

あなたの思うように、自信をもってやったらいいですよ、とも言ってくださいました。

ここしばらくの私の迷走が報われるようでした。

 

 

 

春は混沌。

いたるところでいろんなものが出会っては分かれてる。

主に内面世界。

 

 

 

PICA

 

 

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Underglound gallery vol.1

 
 
ボンジュー、PICAです。
 
体感温度は心の密度によって変動することがこの冬、わかりました。
 
 
 
アンダーグラウンドギャラリーvol.1の記録
 
 
2/17(金)の夜、西日暮里のギャラリー”HIGURE cas 17-15”にて
アート交流会が行われました。
 
 

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月1回、アートをする人、アートが好きな人、パーティ好きな人が集まって
アート談義や交流をしようというコンセプトで始まりました。
 
 
 
vol.1の出展者は
 
Kyoko (flower art)
いけぶん (art)
Miha (photo)
PICA (art)
 
 
それぞれに制作への考えや想いをプレゼンしました。
それで痛感したのは、アートは自分と向き合って、曝け出してナンボだということ。
 
 
それが「表現」で、目に見えていなかったものを目に見えるものとして存在させること、漠然と漂っているものをぐっと捕まえて定義すること。
 
 
その発信の結果いろいろな反応が返ってくるけれど、
そうやって発信者と受信者が交通して初めて、アートは存在するかのようです。
 
 
 
完璧な人間はいない。発達過程の人間が作るものだから共感を得たり人の心を動かしたり、時には問題を提起するのです。
 
 
表現するものも違えば、観る人によって意味もさまざまに変わるのが面白いところです。
 
 
 
出展作品を紹介します。
 
 
 

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吉岡京子さんのフラワーアート
 

 

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いけぶんさんの行為型アート「生と死の本気」
 

 

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Zohre Mihaさんのモノクロ写真に金の装飾をした作品

 
 

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PICAの人物画
 
 

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この夜会に合わせて制作した「beat」と「disco」

 


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PICAの人物画

 

地下だと雰囲気でる。

 


 

 
 
思いがけずスペースをたくさん頂けてうれしかったです。
ありがとうございます。
 
 
次回は3/17(金)19〜22時です。
どなたでもご参加いただけます。(参加費500円)
 
 
 

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PICA

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今週のPICArt -絵の具で足跡でもつけておくかなぁ-

 

ボンジュー、PICAです。

 

大きな大きなものに守られたい、そのような気分です。

 

 

今週は燃えカス週間でした。

定期的なサイクルで燃えカスになるということは分かっていても、慣れないものです。

 

無気力だし何もかもに対して情熱もなくなって、絵を描く気持ちもなくなってしまう。

何度くらっても「今度こそ本当にだめかも…」と思うものです。

 

でも一連のサイクルが過ぎればスイッチが切り替わったように、何事もなかったかのように戻るから、不思議です。

 

 

 

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「passion」

 

魚の大群、一斉に一心不乱に同じ方向へ突き進む光景に、ものすごい生命力を感じたのです。

 

 

 

 

 

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「moon light」

 

燃えカス中にらくがきしていたら出てきた雰囲気。

 

私はゲームと漫画とアニメで育ったからか、はっきりとした輪郭がないとどうも落ち着きません。

 

 

今回のように重めな燃えカス期を経たあとには、画風が変わります。こうやって少しずつ脱皮を繰り返していくのでしょうか。はたして私はどこへ向かっているのでしょうか。

 

(そうか、それであの魚たちに心動かされたのか…)

 

 

 

 

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「midori-chan」

 

 

みどりちゃん。って、かわいい名前ですね。

色の名前っていいなぁ。

 

何を隠そう、私はひかるという名前になる前に、みどりという名前になる可能性もあったそうです。

 

 

今はPICAとしては赤をテーマカラーにしています。

ファッションにも赤が入ることが多いです。

 

赤と緑は反対の色だ。みどりちゃんにならなかったから、いつまでも赤ちゃんみたいな人間になったのかも。

 

 

 

 

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「 ◯ 」

 

ただピンクが使いたかっただけです。

 

色を入れるところを最小限にして余白をのこすのやっぱり好きだ。

原点に戻るの巻。

 

 

 

 

この時期になると震災のことを思い出すし、母が亡くなったのも2011年だったので、「もし明日死ぬとわかったら何をするかな」とたまに考えていました。

 

 

何不自由なく生きている間はたぶん分からないけど、でも死ぬ間際の母を思い返すと、やっぱり「日常」なんだなと思いました。

日常こそ一番尊い

一番あいしているものだからこそ、「日常」になっているのデショ。

 

 

 

だから今は想像でしかないけれど、明日死ぬとしたらやりたいことは、ただ普段通りのふつ〜の日を過ごしたいです。ごはん作ったり、片付けしたり、ベランダでぼーっとしたり。

 

なんだかんだで今に大満足なんです。

まだまだやりたいことはあるけれど、もう充分と感じているところもある。

日常こそ最大の感情ジェットコースターですから。

 

 

 

多分、心の底から、頭の底から、「今を感じる」「今だけを生きる」ことができるのは、ごく限られたタイミングしかないのではないかと。

 

 

でも、絵を描くことも「感じる、それを表現する」という点では今を生きている行為なのかもしれません。

 

 

「今」に没入したいけれど、帰ってこられなくなったらどうしよう!

 

絵の具で足跡でもつけておくかなぁ。

 

 

 

PICA

 

 

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今週のPICArt -爪先立ちの時間軸-

 

ボンジュー、PICAです。

 

成長期のような、軋む感じとけだるい収縮感があります。

脱力して生きているようで、力みまくっています。

 

 

一週間なにをしていたのか、いつもながら記憶がさだかではありません。

ただ、こうして一週間ごとにその週に描いた絵を振り返ると、

描いた時の出来事や感情を、詳細まで克明に思い出します。

 

それが題名付きであれば、さらにバツグンに「あの時」に飛ばしてくれます。

 

 

言語の浸透力のすごさに驚くとともに、絵は自分と自分以外だけでなく、

あの時の自分とこの時の自分との媒介にもなるのだと思いました。

 

絵は記憶装置。外付けハードディスクのようです。

 

 

 

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『flowing_170227』

 

 

 

 

 

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『you ( Tell your LOVE now ) 』

 

 

10年以上前に観て以来、ずっと心に残り続けているドラマ「漂流教室」をみました。

これだけの時を経てもやはり私の中で一番のドラマでした。

大人になってから見ると感情移入するところも変わるし、受け取るものも変わる。

流す涙には現実感を増す。

 

 

愛している人には、愛していると伝えましょう。

同じ今を共有する者として。

 

 

 

 

 

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『the main cat』

 

主要人物はネコです。

先週のライブ配信で「動物も描いてみてほしい」というお言葉をいただいたので、

私の好きなネコならば情熱もって描けるかなと思い、描いてみました。

結果、他の部分は失敗してほぼネコの肖像画のようになりました。

(半分以上トリミング)

 

 

むかし実家にいたネコが、とても整った顔立ちをしていたもので、

ただじーっと座ってなんとも言えない表情をしていると、「何を哲学しているんだろう?」とよく見惚れていたものですが、

その大半が「ごはん」のことであるということは、私も哲学して分かったことでした。

 

 

 

 

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『feel lost』

 

いろいろと困惑していました。

葛藤のさなかに描いた絵。

 

 

 

いつもながら「春」って、不必要にエネルギーが漏れていく気がします。

わけわからんものがあっちゃこっちゃにある。

春はカオス。生物大合唱。

 

 

 

目黒川の桜は蕾だらけになってました。

あれら咲いたらたいへんな騒ぎだぞ!

 

 

 

PICA

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めちゃめちゃこわいけど

 

ボンジュー、PICAです。

 

虚無感と困惑ののち、大事なことを考えています。

 

 

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将来のことや、一ヶ月先のことすら

考え出したらきりがなくて、足がすくむ思いで

目の前のことに集中することができず、外堀を埋めたくなります。

 

 

目の前のことに集中するというのは、自分を信じるということと似ていて

外堀を埋めるというのは、負けたときの自分を隠す城壁のようだ。

 

 

 

でも

こんな雨の寒い日にでも、部屋にはヒーターがあるし

あたたかいシャワーもあるし

 

 

実家には私の居場所があるし

大切に想ってくれる家族がいるし

食べるものもあるし

 

 

このアパートには私の大好きな景色と眩しいくらい光が入る作業部屋もあるし

インターネットもあるし

心を動かされるアートもあるし

 

 

まっしろなキャンバスも画用紙もまだたくさんあるし

えんぴつも消しゴムも、きれいな色の絵の具もあるし

 

 

手もあるし目もみえてるし

安心して感じることができる

 

 

 

寄り添ってくれる人もいるし

いろんな人に応援してもらって

こんな私を信用してくれる人もいる

 

 

 

 

なにが不満足なんだい

なにが足枷なんだい

 

 

 

 

いま死んじゃってもいいやと思うくらいのこの上ない幸福感は

時間がたてば消えてしまって

 

「あぁ、また消えてしまった」

それをまた体感することが怖かったり

とにかく誰かや何かを信じることが怖くて

自分を信じることが一番怖いのかも

 

 

 

もしかしたら、この上ない幸福感とかジョイを感じて

それでいいやと「満足」したら

魂の目的果たして昇天しちゃうのかな?

 

 

だからまた元の場所に戻ってくるんだ

あえて不満足の精神つくって幸せ探しの場所に戻ってくる

(とってもお茶目だけど)

 

 

でもそれと同じように、この上ない幸福感とかジョイのあった場所にだって、

いつでも戻れるんだ、きっと。一度地図を作ることができたから。

だからまた遊びに行けるんだ。

 

今度は別のルートから行ってみようかなとかってのもありだし、

そうすると地図がどんどん豊かに賑やかになって、充実してくる。

他の誰かも連れて行きたくなる。

幸福感とかジョイを一緒に感じたくなる。

 

 

 

 

 

自分の人生を決めるのは自分だし

あの時感じたことをなかったものにしてはいけない。

 

うれしかったこと かなしかったこと

幸せだと思ったこと こんなのいやだと思ったこと

変わりたいと思ったこと

 

 

あの時の自分をなかったことにしてはいけない。

どんどん自分を裏切って、いつまでも幸せから遠ざけているだけ

 

 

 

信じることはめちゃめちゃこわいけど、

もうあの時とは、自分もちがうし、相手もちがうし、状況もちがうし、

できることも経験したことも違うし、

自分がいるところも違うんだ。

 

 

 

 

 

めちゃめちゃこわいけど。

自分以外の人からみたらきっと、へっぽこぴーなことだよ。

 

 

 

 

PICA

 

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今週のPICArt -アートの価値-

 

ボンジュー、PICAです。

 

寝室に入ると太陽の匂いがしました。ふとんを干したからでしょうか。

 

 

今週は旅行に行って羽とかいろいろ伸ばしたり

静かに過ごしていました。

 

 

 

 

つくづく自分の絵には感情が伴います。

 

こちらの絵はいま放送中の「カルテット」というドラマを観た直後に描いたものですが、とっても痛かったです。

 

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『a scar』

 

 

人間にはそれぞれ個の境界線がありますが、近づきすぎてしまったためにその境界線を干渉し合ったり、

もしくは極限の状態に追い詰められてそれまでは絶対に越えないようにしていたある一線を越えてしまったとき、

 

人間てこんなに残酷になるんだなって。

まさに個を守ろうとするような。もともと持っていた顔がなんだったのかなと思ってしまうくらいに。どちらが本当の姿なのかわからなくなってしまいます。

 

 

愛があったからこそそこまで寄り添ったのにと思うと、とても悲しくなりました。

 

 

 

 

 

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『an outline』

 

こちらはライブ配信しながら描いた絵です。

自分ひとりで描くときとは違うものが出てきます。

緊張しているのかな?そのわりには大胆な感じもします。

 

 

 

 

 

少し前に、原田マハの「楽園のカンヴァス」という小説を読みました。

アンリ・ルソーの絵を題材に繰り広げられるサスペンス風ヒューマンドラマ?なのですが、ルソーの人生のすべてを絵につぎこむ姿にとても心を打たれました。

 

 

それだけタマシイのこもったものだから、時を越えてたくさんの人を魅了するのだし、「この絵を理解したい」という研究者もいるのでしょうね。

 

絵は突き詰めればそれを描いた人間に行き着きます。

そこまでいくともう絵自体に命が宿っているかのようです。

 

 

しかし一方ではそのようなアートをマネーゲームの材料としてしか見ない人もいたりして。

 

 

 

小説から派生して現代アートビジネス”の本も読んでみました。大変でした。

 

 

もう、アートの「価値」が、わけがわからなくなってしまって!

 

 

価値を測りようがない独自の世界だからこそアートなんじゃないかということなのかもしれませんが、このモヤモヤはどうすれば良いの?と悶絶しておりました。

 

 

 ただ、とても心に響いたことがあって、

「アートはいつもその時代を反映するものでなければならない」と。

 

アーティストにしかできない役目があるとしたらそこなのですよね。

同じ時代を生きていても人間によって、環境もフォーカスするものも違うし、信じていることも価値をおくところも違う。

 

アーティストは「感じ取る」ことと「表現する」ことに特化している専門家であるべきなんだな。

だから深い共感を呼んだり、眠っているものを目覚ませたり、新たな価値観や視点を提示したり、問題提起をしたりすることができる。

 

 

だからやはり、アートは媒介となるものとして、人の目に触れられるものであってほしいという思いにいたるのでした。

(何億も何十億もかけて購入したアートが、倉庫に保管されて誰の目にも触れず、また売られていくのをただ待っているとかいう状態は、私は悲しく思います。そのように資産運用として扱われることがとても多いそうです。)

 

 

「美術品」なのに、「美」はどこに感じられているの?

 

 

…なんてね。

いろんな価値観があって良いと思います。とても勉強になりました。

 

 

 

 

今日は以前イベントで知り合ったファッションの学生さんの卒展を見に行きました。

モードな学校でモードな作品しかなくて、どきどきしました。

 

モードな中にいると自分もモードになるようです。気分だけかっこつけていました。

 

 

 

ということで帰宅してから描いた絵。

 

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『mode』

 

人はモードな動物です。

 

 

 

もういっこ。

 

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『ultramarineblue』

 

特に意味はありませんが。

 

 

 

絵って面白いです。今日も絵が描けて私は幸せです。

 

 

 

PICA

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