flowing6/14-7/30 vol.2 -to me-

近況の報告です。

 

溜まりに溜まった絵の記録。

自分以外の何かへ向けて描いたものと、自分へ向いて描いた何か。

 

つぎに、自分へ向いて描いた何かを。

 

 

 

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「flowing_170725」

 

 

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「limit_170725」

 

 

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「girl_170725」

 

 

帰国後しばらくは何を描いたらよいのかわからず、

もしかしたらもう描けないのかもと思ったりもして、

でもまた戻ってくるといういつものサイクル。

 

 

手の動くままにまかせた大型の3枚です。

 

これからどんどん大きい絵を描きたい。

 

 

 

 

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「Melting cheese_170716」

 

タイトルはなんとなく。

 

 

 

 

 

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「flowing_170726」

 

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「flowing_170728」

 

 

自分では予期していなかったような絵が出てきました。

この2枚はなぜかすごく惹かれる。

 

 

 

 

 

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「flowing_170730」

 

 

いつも以上に何も考えずに描いた。

水遊びのような。

 

 

 

 

 

私は絵を描きたいときにしか描けません。

感情が伴っていないときは形にすらならない。

 

 

それを知ってか知らずか、私に絵を依頼してくださる方は、

いつでもいいよ、なんでもいいよ、

とすべて任せてくれます。

 

粋だよね。かっこいい。

 

 

 

依頼ではなく既にあるものを気に入ってくれる場合も、

それは私自身の感情が激しく動いた時に描いた絵であることがほとんど。

 

 

 

 

だからこそ絵を描いて発信する喜びがあるし、

私自身のダイレクトな表現をダイレクトに受け取ってくださる方々を信じています。

どういう意味での「信じる」かはわからないけれど、とにかく信じてる。

最高にかっこいいと感じる。

 

 

絵を通して何かを通わすことができるのが、とても面白いし嬉しいです。

 

 

いつもありがとうございます。

伝えたいことはいつもそれだけ。

 

 

 

PICA

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flowing6/14-7/30 vol.1 -to something-

近況の報告です。

 

溜まりに溜まった絵の記録。

自分以外の何かへ向けて描いたものと、自分へ向いて描いた何か。

 

自分以外の何かへ向けて描いたものを、まず。

 

 

 

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「A free night surrounds us._170614」

 

 

フランス出発前の数日間、慌ただしい準備とふわふわする高揚感の中でふっと空いた夜という穴。

静かに確実に時間を進めてくれる夜へ。

 

 

 

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「keep dreaming, my friend.

we can see a lot of beautiful things together._170615」

 

 

毎日私の英語練習に付き合ってくれた、インドにいる友人へ。

 

 

 

 

 

 

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「flowing_170720」

「flowing_170722」「flowing_170729」

 

 

いつも応援してくれている、まっさらに生きている女性へ。彼女の正直さが大好き。

私のフランス滞在中に絵を依頼してくれました。

 

 

 

 

 

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「flowing_170713」

 

帰国してからの一枚目。

自分の所在を確認するために描いてみたけれど、手だけが動いて心は未到着の状態。

 

 

 

 

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「A portrait of Hedi Slimane for my precious person MOF.

Thank you for your LOVE_170714」

 

 

私が絵を始めた時からずっと一番の理解者であり応援者でいてくれた最高の友人の誕生日に。

しばしの別れ。またきっと笑って会えると信じてるよ。

 

 

 

 

 

フランスに居た21日間は画材を持って行ったものの一枚も描きませんでした。

その代わりに、自分は何を心地良しとしているのか、何を自分は恐れていたのか、何を制限していたのか、自分は何を望むのか、に気づく時間でした。

 

 

自分の正直を表現しさえすれば、たいていの制限は解消される。

自分に的確な判断であればあるほど、待ってましたとばかりに現実は進むんだ。

 

 

 

私にとって絵は単なる手段。

されど手段。

 

 

かけがえのないひとつの道。すくなくとも今は。

 

 

 

PICA

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flowing5/29-6/4 -awesome encounters-

今日の東京は激しい夕立ちで、すぐ近くに雷がいくつも落ちました。

 

ものすごい閃光ののち、何かとてつもなく大きな柱が空から落ちてきたような音と衝撃。地面が揺れました。ここまでの雷は初めてでした。

 

 

 

ここ最近は英語の習得に明け暮れる日々です。

言語交換サイトで知り合った友達はいろいろな国の人がいて、やりとりが楽しい。

 

東京に住んでいる人もいたりして、これから会うのが楽しみです。

アーティストやデザイナーの人も多く、感覚が合います。

また、私のパリ滞在中にベルリンへ招待してくれるという人もいます。

 

 

驚くべきはロシアの10代の女の子。

日本のアニメに夢中で、自分たちでもストーリーを作っているそうですが、そのストーリーの舞台に選んだ街が私の住んでいる街のすぐ近くでした。

写真を撮って送ることを約束しました。

 

「ヤクザ見た事ある?!」という彼女の質問には思わず笑ってしまいましたが、ウ〜ム、すれ違った事はきっとあるだろう…表面上は気づかなかっただけで。

 

 

 

多種多様な人との出会いの素晴らしさと、彼らとの交流によって広がっていく自分の視野や感覚を楽しんでいます。

 

 

先週のPICArtをご紹介します。

 

 

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「a pinhole of inner world_170530」

 

内面でうずまくものはまだほんの少しも表現できていない。

心に空いた小さなピンホールからも内面世界は漏れだそうとする。

 

 

 

 

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「a fish in my right eye_170531」

 

 

水曜日あたりから右目が内出血して真っ赤になっています。

 

白の中の赤はいっそう鮮やかで、赤の広がりを見ようと眼球を観察すると、そこが球体であることがよくわかりました。まるで金魚が中にいる水槽のようでした。

 

 

金魚は水槽の大きさに合わせて成長するそうです。

 

こんな小さなところにいないで、もっと広いところへお行きよ。

 

 

…まるで自分に言っているようでした。自分が制限をかけているものに対して。

もうすぐ出血はひくでしょう。おそらく今週の満月あたりに。

金魚はまんまる月を待っているのかな。

 

 

 

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「I hope your good luck_170602」

 

 

先日、電車の中で話しかけてきたスリランカ人と友達になったのですが、身の上話を聞いてみると、なかなかの苦労人でした。

 

 

ビザの更新をするんだと言っていたので、しかもそれがなかなか容易ではないということを言っていたので、この絵を描いて送りました。

 

 

日本語も英語も満足にできずにほぼ一人きりで日本で暮らすのは大変なことでしょう。ビザは無事に更新できたそうで良かったです。

 

 

 

 

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「Call me sugar_170604」

 

愛しい人のことを「sugar」と呼ぶのだそうです。

私も愛しい人につねにそう呼ばれる存在でありたい。

 

 

 

 

 

最後に、週の一番最初に描いた絵を。

 

 

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「Hello again my hand_170529」

 

 

少し思うところがあり、意図的に一週間絵を描かずにいました。

一週間ぶりに描いた絵です。

 

 

久しぶりで手が戸惑っているのがわかりました。

少しおかしな絵になってしまったけれど、なにはともあれ絵が描けるというのは私の喜びです。

 

 

 

 

PICA

 

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今週のPICArt -リアリティ-

 

ボンジュー、PICAです。

ずっと旅をしているような浮遊感とともに一週間が終わりました。

 

 

 

週の前半は和歌山の祖母の家で過ごし、豊かな自然の中でゆったりとした時間を満喫しました。

後半はなにかと慌ただしく過ぎていき、なんだか実体のないまま日々が過ぎてゆきます。

 

 

一日前のことですら、もうほとんど遠い過去のように感じてしまう日常の中で、確かに残っているのはその時感じた強い感情のみです。

ほかの些細なことはすべて忘れてしまいます。

 

 

 

 

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「If I was a flower, I can give the sweets for your eyes,nose,mouth and fingers...But I don't have any sweet words that satisfy you._170516」

 

 

 

もしも私が花だったら、あなたの目も鼻も口も指も楽しませてあげられるのに。

ももしそうだとしたら、私にはあなたを喜ばせられるような甘い言葉は使うことはできない。

 

 

 

花を愛する人が好きです。

美しい花になって愛しい人に会いに行きたいと思いました。

でも私が知る限り、花は話すことができないみたい。それもちょっと寂しいな。

 

 

ならばせめて、愛の表現を知らない私のために花に教えを請いたいと思いました。

 

花が音を発するとしたら、もしくはその色や形を音に変換するとしたら、どのように聴こえるのかな。

 

ということで、花が唄うのを聴いている絵です。

 

 

 

 

 

 

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「flowing_170516」

 

 

心が混ざり合った瞬間の記憶。

 

 

 

 

この絵と上の絵を描いていたら祖母が見にきて

「きれいななぁ〜」と眺めてくれました。

 

 

祖母も花が好きです。いつも祖母の畑や庭には色とりどりの花が咲き乱れています。

愛情深く朗らかに人を楽しませる祖母もまた、花のようです。

 

 

 

 

 

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「flowing_170516」

 

 

 

二人の人物が描きたかった。恋人ではなく、双子のような感じですね。

 

 

 

 

 

 

金曜日に日暮里のギャラリーで行われるアート交流会を控えていたため、それに向けて何か大きいサイズの作品を描きたいなと思い、画材を買いに行きました。

戻ってきて描こうとしたけれど、何を描いたらよいのか分からなくなりました。

 

 

いつも人間の顔しか描かない私が、人間の顔を描こうとすると気持ちが悪くて描けなくなりました。

 

なんでだろう?理由はわかってる。

 

 

 

見え透いた嘘、どろどろの私利私欲と権益や権威性への執着、想像力の欠如、彼らは人の心を持っているのだろうか。と感じたからだ。

 

 

 

めちゃくちゃな状況の中で、私は何を表現すればよいのだろう?

もしかしたら、自由に表現することが抑圧される社会になるのかもしれない。

抑圧はいずれは表現というアウトプットだけではなく心の持ち方まで変えてしまうかもしれない。

 

 

そう思うと手が動かず、相当な時間、真っ白な紙に向かって描いたり消したりを繰り返していました。

 

 

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「flowing_170518」

 

 

無理やりに描いてみたけれど。

 

 

 

…人間の絵を描くのは断念して抽象画に移行。何かを残しておこうと考えました。

 

 

 

 

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「flowing_170518」

 

 

 

Instagramにアップしたところ、「横になっている頭みたいに見える」というコメントをつけてくれた方がいました。(私の英語解釈が正しければ…)

 

 

 

自分ではまったく意識していませんでしたが、言われてみると、そうとしか見えなくなった。

 

左の黒い部分が髪の毛、右半分には閉じた目と口。

 

 

人間の顔を描いているつもりじゃなくても、人間の顔が現れてしまうという。

私は自分で意識できうる意思以外のところでも、人間の顔を描くことをテーマとしているのかなと、ぼんやり感じたのでした。

 

 

 

 

 

その翌日のアート交流会では少し前の作品を展示させてもらい、簡単に紹介させてもらいました。そして、たくさんの表現者の先輩が居合わせたので、質問しました。

 

「今のめちゃくちゃな状況で、どのような心持ちですか?」

 

何をすべきか、どうあるべきか、どう感じているか、いろいろな意見を聞いてみたかった。楽しい席で、政治の話題を出すことは少し怖かったけれど。

 

 

 

私よりずっと表現歴も長く深い方々の言葉は、それぞれに心に残るものでした。

 

そのままその人の佇まいや表情に表れているから、嘘のないのが分かる。

なんだかそれだけで救われた気がしました。

 

 

 

今後どのような社会になったとしても、この人たちは表現し続けるし、意思を持ち続けるし、それは法律やなんかで動かせるものでは決してない。

 

 

しなやかにただ在るように表現し続けるその人たちのイメージが浮かびました。

軽やかに舞う感じがする。

 

質問してみてよかった。意見を聞く、交わすことから始まるものがある。

 

 

また、舞踊家の金さんが私に対してこう言ってくれました。

「絵を描けなかったというのもひとつのリアリティ」

 

 

そっか。私たちが表現するという行為は、リアリティ、今を形にするということなのだ。

自分というフィルターを通して。アーティストとして名を残す人はみんなそうだった。

 

 

リアリティ。深く心に突き刺さりました。

 

 

 

 

 

最後に、素敵な文章を見つけたので引用します。

 

音楽でも映画でも小説でも漫画でも絵画でも演劇でも詩歌でも漫才でも、ありとあらゆる文化や芸術は、人々の相互理解と連帯を促すものだ。

「声高に主張しても、違う考えを持っている人の心を開くことはできませんから。跳ね返ってくるだけで。固く閉じている心を開くのは、アートや音楽、映画や物語の強さだと思います。だから、こういうときこそ、より必要だと思います」

http://lite-ra.com/i/2017/05/post-3168-entry_4.html

 

 

本当にそう思う。アートは必要だ。

現に私もアートを通じてたくさんの人と繋がりをもつことができた。

アートによって喜びや豊かさを感じることができました。

 

 

 

無力ですが自分にできることをやっていきます。

 

おやすみなさい。素敵な夢を。

 

 

 

 

PICA

 

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今週のPICArt -a doll-

 

ボンジュー、PICAです。

心ここにあらず、しかしながら、感情を持て余しているさなかです。

 

 

一週間のグループ展が終了しました。

搬出はいつだって寂しい。

ほんの数時間前までのことなのに、もう遠い昔のことのようです。

 

 

 

下北沢はずっと穏やかで、道行く人はみんなのびのびとしていて、

風がそよそよと光がまぶしい毎日でした。

アートを楽しむためにきてくださった方々や、出展している作家さんたちとの空間は、居心地が良すぎました。

 

 

私はずっと、色に囲まれていたいのです。

 

 

主催・運営の方々や素晴らしい作家さんたちのおかげで、本当に良い展示会になりました。

後日レポートしたいと思います。

 

 

 

今週描いた絵は淡い色ばかりでした。

 

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「Dear my scenario writer_170503」

 

 

ここ最近は漠然としていた私の夢がいつのまにか表面化してきて、

もう叶えるしかない段階になっています。

 

人との出会いや、色々な方からのご支援を頂いて、態勢が整っていきます。

 

そのひとつひとつが予期せぬものでありながら寸分の狂いもなく予定調和に見えるため、私の人生のシナリオを書いている「存在」について意識せざるを得ませんでした。

 

 

「今日も素晴らしい一日をありがとうございます」と言って眠りにつくのが喜びです。

聞こえてますか?ライターさん!

 

 

 

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「drawing in the doze_170505」

 

 

 

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「drawing in the doze_170507」

 

 

まどろみドローイング。

早朝に寝ぼけ眼で絵を描くのが楽しいのです。

 

 

 

 

 

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「a doll (enclose me) _170507」

 

 

先ほど描きました。

楽しさのあと急速に訪れる寂しさを、どうにもすることができなくて。

 

 

 

 

 

 

展示会で眺めた人形を思い出して、色々な想いが巡りました。

歩けない人形、その部屋の中で愛されているという光景。

 

 

「触ってみていいですよ」と言われ、私はおそるおそる持たせてもらいました。

とても壊れやすそうで、でもものすごい存在感があって。

 

 

手から離れたときは、ほっとしたのと、引き離されたような違和感・寂しさがありました。

 

たった一瞬持っただけなのに、不思議ですね。

 

 

 

展示会が終わって帰ってきた私は、どこにも行きたくない気分でいました。

身体も思考も感情も、一度止まって欲しい。というような。

 

 

 

私は絵のことだけ考えていたいのだなということが分かりました。

実際そうなったら飽きてしまうかもしれないけれど。

 

 

自由と安息は共存することができるのかな?それもわからないけれど、

だから星は手の届かない存在でいてくれるのかな。

人間は「飛べない鳥」で丁度良いのかもしれません。

 

 

寂しさ・悲しさの中にあり続ける希望。

その共存が美しくもあり、また次に向かわせるのです。

そのような何かを、私はあの時あの人形に投影していたのかもしれません。

 

 

 

 

素敵な夢を。おやすみなさい。

 

 

 

PICA

 

 

 

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今週のPICArt -搬入完了!-

 

ボンジュー、PICAです。

すでに東京は蒸し暑い日を迎えています。

 

 

明日から始まるグループ展の搬入を終えてきました。

 

まわりはベテランや実力派の作家さんばかりでドキドキします。

でも彼らはみな穏やかでやさしい方たちでした。

 

 

美しい作品ばかり。

確立した世界観ばかり。

 

 

一緒に展示させていただけて本当に光栄に思います。

 

私は、もっともっと自分の世界観を追求するのみ!

 

 

 

今週ももっと絵を描きたかったけれど、新年度準備やフランス行きの準備、その他もろもろのお仕事でばたばたしてしまいました。

 

 

 でもとても幸せです。

 

 

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「a gold fish_170425」

 

 

否応なく心惹かれる金魚。

私なりの擬人化です。

もっともっと色々描いてみたい。

 

 

 

 

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「flowing_170427」

 

近所の目黒川で惜しげも無く咲いているツツジ

マゼンタ、うすいピンク、赤、そして白…。

 

ものすごい鮮やかさで光を放っています。

 

ツツジの季節もあと少しで去ってしまう。その前にもっとお散歩しておきます。

 

 

 

グループ展「ROOM展」は明日から5/7まで下北沢にて開催されます。

明日はPICAは14~18時に在廊します。

あそびにいらしてください。

http://room.patinadoll.com/

 

 

 

PICA

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今週のPICArt -もののあはれ-

 

ボンジュー、PICAです。

仮眠をとったので目が冴えています。

 

 

ブログのタイトルを変更しました。

「地中金魚」というのは昔、私が劇団を作って一度だけ舞台公演を行った時に考えた名前です。

いまだに気に入っていて自身のウェブサイトのタイトルにもしています。

 

 

金魚に心惹かれるものがあるということと、マグマをイメージしています。

自分の中の火は絶やしたくない、という想いから。

そして「赤」は私のラッキーカラーでもあります。

 

 

金魚といえば、室生犀星の『蜜のあわれ』という小説がとても好きです。

 

 

 

ということで今、金魚をテーマにした絵を描いています。

絵の具が乾かず次の段階に進めないので、仕上がりは明日になりそうです。

 

 

 

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snowdrop_170418」

 

 

 

誰かのことを想って描くときの絵と、

自分の中の感情を掻き出すようにして描くときの絵と、

どちらでもないときの絵があります。

 

 

上の絵は、誰かのことを想って描いた絵。

そして下の絵は、どちらでもない絵です。

 

 

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「flowers&bees_170420」

 

 

 

 

 

「楽しくって楽しくって仕方ない!」という時には、不思議と描けません。

楽しい気分に浸っているだけで気付けば時が経ってしまっていたりします。

 

 

反対に、自分にとっても手応えがあって、他者も気に入ってくれるような絵が出てくるのは、自分の中に悲しさや寂しさがある時であったりします。

 

 

 

どこか欠乏しているところを絵で満たすような、そんな感じもあります。

だから絵を描いているときはこの上なく喜びを感じます。

 

 

 

いろいろな物語や作品の背景を見ていると、

「美しさ」にはどこか悲しみが付き添います。必要不可欠といっても良いくらい。

 

なぜなら悲しみの対極にあるものを、私たちはいつだって求めている。

その行為自体が「美しい」から、悲しみが美しく見えるのかもしれません。

 

 

 

 

さて、5月のグループ展の出展作品の選出も済みました。

5/1~5/7に下北沢のギャラリーにて展示をします。

ROOM展

私は5月1,6,7日に在廊してます。他の日でも都合が合えばご案内に伺います。

ぜひ遊びにいらしてください。

 

 

 

 

最近は朝早く目覚めて午後に仮眠して深夜まで起きていたりと、生活が不規則です。

ですが眠くなったら適度に眠るというのは、結果的には生産性もあがって合理的です。

 

私の場合しばしば仮眠が本眠になってしまうのが、困ったものですが…。

とりあえず、春のせいにしておこうかしら。

 

 

 

PICA

 

 

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